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遺骨や副葬品を取り戻しつつある先住民のための試論

A Prolegomena for repatriation of remain and burial materials by indigenous people in Japan

池田光穂

この文章は、世界の先住民遺骨返還運動の現状とその 背景にある社会思想を明らかにして、「琉球遺骨返還請求訴訟」への理解を深め、その歴史的ならびに社会的意義をより多くの人に知ってもらうために構想され ました。

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この文章は、世界の先住民遺骨返還運動の現状とその背景にある社会思想を明らかにして、「琉球遺骨返還請求訴訟」への理解を深め、その歴史的ならびに社会 的意義をより多くの人に知ってもらうために構想されました。
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世界の先住民遺骨返還運動を調べると、遺骨が地元の埋葬地から「収奪」されてきた経緯や、それを正当化する「科学の論理」、そして「遺骨はすべからく返還 すべし」という結論に運動の当事者たちが到達するまでは、長く複雑な経緯がありました。遺骨や副葬品を「取り戻す」先住民の思想も実践(作戦)も日々深化 していると言っても過言ではありません。その理由は、世界の先住民同胞が、時には先住民が帰属する国家を巻き込んで、先住民への搾取や差別の実態、そして 略奪行為がなされてきたことを訴えて、博物館や大学・研究機関に遺骨や「文化的略奪物(cultural loot)」の返還を要求してきたことにあります(池田 二〇〇〇)。またそのような返還要求が現在の政治哲学や国際関係論という観点からみてもまったく正義に叶ったものであることが明らかになってきました (シャプコット 二〇一二)。
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まず初めに結論を言っておきましょう。世界の先住民遺骨返還運動の歴史を学んだ人にとっては、日本における博物館や大学、研究機関にある先住民遺骨と副葬 品の返還の不履行の現状は、悲しく驚くべきほど「遅れて」います。従って、歴史と現状を、今ここでまさに私たちが学ぶ時に「どうしてこんなに遅れているの か?」と悲観的になるのは当然のことです(松島と木村 二〇一九)。しかしながら、世論は、研究者のみならず一般の人でも「研究のためだから仕方がなかったのではないか?」と他人事のように思っているのではな いでしょうか。自分やその親族が標本になることはないという「無感情(アパシー)」の構造というものが、先住民遺骨返還運動と私たちのあいだを分断してい るのです。その流れに抗して、世界の先住民の人たちが博物館や大学、研究機関にある同胞の先祖の遺骨や副葬品をふるさとに奪還し、祖先から伝わったやり方 で供養することができた経緯について学ぶことは重要です。学ぶことで日本における「歴史」のギャップを取り戻すことができると私は信じています。この文章 は、私がそのように確信するに至った道どりについて記すことでもあります。
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先住民の遺骨や副葬品は、たしかに、植民者や宗主国あるいは権力者の側の博物学者、考古学者、人類学者(自然人類学者と民族学者の両方を含みます)が、先 住民の許可を得なかったり、あるいは半ば公然とした盗掘行為を通して略奪されてきました。しかし、それらの科学が専門分化する以前の一八世紀前半には、探 検家や宣教師たちがヨーロッパに持ち帰った異文化の「珍品」のコレクションがありました。それらはやがて博物学(ナチュラル・ヒストリー)という学問を形 成するのに寄与し、貴族の収蔵庫は王立の博物館へと発展していきました。先住民の人骨を現在の感覚からみると「病的に」コレクションしていく背景には、 ヨーロッパでの人種主義の発展が見逃せません。これは主に一九世紀におこりました。

出典は、ケン・ハーパー(二〇〇一)『父さんのからだを返して:父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』鈴木主悦ほか訳、早川書房の原著、より詳しい情報は(http://bit.ly/2XQwSBi)にアクセスしてください。
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人種主義とは、人間を複数の「人種」に分類し、そこに人種の間の「優れている/進んでいる/劣っている/遅れている」という、人類の進化の時間的概念と優 劣の概念をヨーロッパ人を頂点とする秩序の中に当てはめる行為をさします。またそのことを科学的に「証明」し、差別を正当化する価値観は科学的人種主義と 言えるでしょう。一九世紀後半のダーウィンの進化論の登場はその傾向に拍車をかけました。そのような自惚れや優越感のために先住民の人骨や民族学上の「風 物」の記録が加速度的に進んだことは、『大学による盗骨』(二〇一九)のなかにおびただしく指摘されています。それだけではなく「未開の地」から文明の地 に連れてこられ感染症で亡くなる先住民もいました。彼らは伝統的な方法で埋葬されることなく、人骨標本として博物館に陳列されました(ハーパー 二〇〇一)。ヨーロッパ人が入植しやがて独立した北米では先住民が虐殺と侵略の対象になりましたが、白人入植者たちはヨーロッパに対して劣等意識を抱いて いたので、先住民が自分たちよりもはるかに「劣っている/遅れている」ことを証明するために人骨の収集と「分析」に集中することに躍起になったからです。 じつは日本はアイヌと琉球に対して同様の意識を持っていたことは明らかで、国内においては民族的他者を、海外においてはアジア諸国や植民地の人たちを蔑視 していました。1万円札の肖像にも採用され、教科書にも掲載されている著名な啓蒙主義者の福沢諭吉ですら自分たちはアジア人ではなくヨーロッパ人になるの だという「脱亜入欧」というスローガンを掲げ、当時の多くの人の喝采を浴びたのです。

示している二次元コードは(http://bit.ly/2XQwSBi)にアクセスするURLを示しています
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 その後、この科学的人種主義は、やがて人種を好ましい方向に改良したり、悪い人種を増やさないために断種という手段も正当化される優生学という学問の誕 生においてクライマックスを迎えます。優生学は、やがて人種の選別という実践的方法に使われなくなる代わりに、精神障害やハンセン病などの隔離断種を正当 化する実践原則に姿を変えていきます。他方で、第二次大戦後の国際人権宣言(一九四八)が国連で採択され、人間という種はひとつであり人種主義は誤った考 え方という見方が優勢になるという明るい面も生まれます。


※注意:先住民への尊厳のために「標本」頭蓋骨を提示すべきで ないという考え方があります。他方で、その遺骨たちは「私たちに故郷の土地に埋葬してほしい」と語りかけているのだと主張もあります。近い将来この写真の 解説のキャプションに先住民の名前が記載されるまで、専門家は遺骨「標本」に今よりも増して敬意を払うためにあえて、私自身の考え方と責任において掲載し ています。
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一九六〇年代の旧植民地からの新興独立国の誕生と国際連合への加盟は、全地球のほとんどの領土が独立国家により色分けされ、各国民の間でナショナリズムが 台頭します。同時に、国家の中に少数民族や先住民を組み込む政策が進みます。歴史的に反植民地運動や反乱を組織した先住民の首長などは建国に先立つ国家的 英雄と持ち上げられます。しかしながら、その先住民への評価はアイドル化のレベルに留まり、結局のところ、旧宗主国の言語による国家語の採用と均質な国民 文化への同化政策がますます進みます。他方で、少数民族や先住民の庇護者として国家が彼らを代弁し、旧宗主国への人骨や副葬品の返還を要求する運動が一九 六〇年代末から世界各地でおこってきます。この時期の、政府の役割はあくまでも旧宗主国に対する先住民の要求を代弁し、対外的な要求運動を通して自国のナ ショナリズムを強化する運動の一環としておこなわれます。
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この潮流が変化するのが一九八〇年代です。対外的な活動をおこない先住民の遺骨の返還を達成したものの、国内にも同様の人種主義時代のコレクションを抱え て、先住民に返還する枠組みそのものがなかったため、先住民は国家の研究機関に対しても遺骨や副葬品を返還すべきだと要求したのです。アメリカでは一九七 〇年代のアメリカ先住民の抗議運動が盛んになり、各地で土地返還訴訟がおこなわれ、強制移住や文化の剥奪について事実が明らかにされ、司法当局もそれに応 えていかざるを得ませんでした。先住民の権利復権のためにの複数の社会運動が進められました。その運動のクライマックスが一九九〇年のアメリカ先住民墓地 保全返還法(NAGPRA)の制定です。ニュージーランドのマオリやオーストラリアのアボリジニーも、先住民に対する国家の「負の歴史」の発掘や言語復興 運動などを通して、国内の博物館から歴史的謝罪も含めて返還訴訟を勝ち取ることに成功します。
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(すべてを網羅しているわけではありませんが)世界の先住民の遺骨や副葬品の返還について整理したのが別表です。ここから将来遺骨や副葬品の返還を実現す るためには、2つの方法があるように思われます。ひとつは、アメリカやオーストラリアのように、法制度の整備を働きかけることを通して、先住民の集団的権 利を国家に認めさせ、返還と埋葬を補償金つきで認めさせるという方法です。この方法はいったん制定されると法的拘束力をもつために、博物館や大学はその要 求に答えざるを得ないという利点をもちます。もうひとつは英国やカナダのように、先住民団体が博物館や大学に圧力をかけ交渉を通して、それぞれの博物館や 大学に、組織として対応させる返還ガイドラインを制定させることです。この方法の利点は、法整備が十分でなくても(英国はコモンローという法制度の下で統 一法で対処しにくい)個別の組織の判断で返還が可能になるということです。
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では肝心の日本はというと、とても問題含みです。アイヌにみられるように地域返還が運動家の根気強い活動により一部で実現しましたが、ウポポイの慰霊施設 に集約するという閣議決定(二〇一四年六月)以降は、国立ならびに公立の大学・博物館にある遺骨が個別の交渉で返還を実行することが難しくなりました。中 央政府から慰霊施設に集約するために、個別に応じるなと裏で声をかけているかのようです。人骨の研究利用についても窓口にあたる団体は、アイヌ民族の集合 的な先住民権を声高に称揚はしていません。「琉球遺骨返還請求訴訟」では、先にアイヌ民族の遺骨返還ガイドラインで定められたはずの民法上の「祭祀承継 者」の権利すら原告には認めようとしない動きすらあります。「祭祀承継者」である可能性のある遺族の要求に関して一切耳を傾けようとしないのは、研究倫理 の原則にも違反する行為です。
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遺骨と副葬品の返還を実現させた諸外国の事例から学び、日本の先住民運動に携わる人びとの遺骨返還運動の戦略について私が提案するのは次のようなことで す:
(1)今日の研究倫理原則に照らして反倫理的ないしは非倫理的な経緯で採集されたことが明らかなものは、ただちに所有者ないしは返還に該当する者を研究機 関が調査し速やかに返還する義務があること。そして、あらゆる人道的犯罪に時効がないように、「盗骨」した時点においてすら研究倫理遵守の必要性があり、 研究不正の真実を裁判所は認定する必要があることを訴えるべきです。
(2)次に、今日の研究倫理原則に照らして反倫理的な経緯があると疑念されるものは、その疑念が晴れるまでは研究には使えないこと、
(3)今日の研究倫理原則に照らしてもなお問題のないものついての今後の研究は、当該組織の研究倫理委員会(施設内委員会[IRB])の他に、その組織以 外第三者からなる研究倫理組織の認証を受けてはじめて可能になること。
これらのことを研究組織とそれを管理する国や自治体に対して、国民(市民)はそれを働きかけ遵守させるべきだと、私は考えます。

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植民地主義批判の原点:    •    人々の自己決定を抑圧する政治的社会的システムは人々の創造力を奪ってしまう:

 - This can mean only one thing, namely, that a political and social system that suppresses the self-determination of a people thereby kills the creative power of that people." (Cesaire 1956: 196)


ヨーロッパの植民地主義を批判して、エメ・セゼールは言います。ヨーロッパ列強が地球上に版図を広げようとして、ヨーロッパは、自分の文明がもっていた美 徳を失った。ヨーロッパは植民地から奪ったものを、まず返すということを通して自分たちのかつての美徳を取り戻すことができると。

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 このような縛りは、これまで好き放題に研究してきた研究者にはまったく理不尽な要求に見えることでしょう。しかしながら、私は世界水準に照らし合わせて も常識的なことを提案しているにすぎません。なぜなら(3)の条件をクリアすれば、世界水準に叶う倫理基準を担保しているわけですから、堂々と海外の論文 に掲載することもできます。長年の間、支配者の優越心だけを満たすために使われてきた先住民の遺骨と副葬品を、本来弔うべき人の元に還すことができ、また 先住民とともに——遺骨やDNAは研究に「使われる」のではなく物質的にも霊的にも自ら「参画する」ことになる——科学的な成果を共有することができるわ けですから、これほど合理的精神に満ちた処方箋はないと、私は考えます。今こそ、当たり前のことを要求してきた先住民と、反倫理な「負の歴史」を抱える科 学者の言うことの、どちらが正しいのか、国民(市民)はしっかりと判定し声をあげるべきでしょう。

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クレジット:池田光穂「遺骨や副葬品を取り戻しつつある先住民のための試論」ブックレット『京大よ還せ――琉球人遺骨は訴える』Pp.196-205, 耕文社、2020年8月

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